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とーふlist

うつ病と診断され大学を休学中。←現在、前に進む準備中。人生を身軽に生きてみたい!とーふlist 。Twitterもやってます。とーふlist@tofulist

果たすべき義務と与えられた自由。挫折しても良い。何もしなければゼロのままだから。

うつ病 生き方

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こんにちは、とーふです。
お越しいただいてありがとうございます!
※手直し移転記事です。

 

ちなみにこの記事で50記事になります。

太く長く続けていきたいです(^_^)

 

 


うつ病」という前にも後ろにも進めない苦しさの中で、今でもつきまとい続けるものです。
この2つは全く違うように見えて、どちらもそのちょうど良いバランスによって保たれています。

 

 

「病気」を「言い訳」にして良い訳じゃない。

「病気」だということを理由にして、果たさなければならない義務や責任を放置してはいけません。
それで手に入れられた「自由」は、本当の意味で自分の心が自由になった訳じゃありません。

 

厳しいことを言っているようですがだからといって、私は逃げることに反対しているわけではないのです。

 

一般的に、義務や責任を途中でぐちゃぐちゃのままにしてしまう人を「無責任な奴」「駄目な奴」といわれてしまうからです。
人の見方や価値観、信頼というものはあっという間に大きく変わってしまいます。

 

 

辛いときです。
私も辛かったです。
だからこそ少しでも良い、そのとき、今、自分が果たせるものを果たしてください。

 

でもせっかく手に入れた自由の価値が、自分の手によって輝くのかも錆び付いてしまうのかも自分次第です。
完璧にできれば「病気」にならなかったのだから、完璧にできないからと自分でハードルを上げすぎたからという免罪符は格好つかないです。

 

 

高いハードルなんていりません。

ひっくいひっくいハードルから始めましょう。

できないもの、続けられないものに時間をかけすぎてしまうのはもったいないです。

 


日本では継続すること、繰り返し挑戦することを美学とされていますが、発想を変えてみることも大切です。

 

苦手なものに取り組む姿勢を否定する気もないですし、挑戦を繰り返して地道に努力できることは才能だと思っています。
ですが、その才能にばかり目がとらわれているのならば通り過ぎているチャンスにも気づかないで終わることになるかもしれません。飽きっぽくても様々なことに挑戦してみることは決して悪いことではありません。

 

また成し遂げられなくても、何も取り組まなかったらゼロのままなのでどんなものでも大収穫と言えるでしょう。

 

 

私なりの体験談からいえること

今この瞬間にも誰かが限界を迎えているかもしれません。または、限界を迎えようとしているかもしれません。
それでも「未来」のあなたが息をしやすいように、できるだけ苦しまないように「立つ鳥跡を濁さず」の準備をしましょう。

私は色んな大人に迷惑かけて今の「自由な時間」を手にしました。
そんな私でも、どうやったら迷惑を最小限に抑えることができるかを脳みそちぎれるぐらい考えました。

 

 

結果

「ホウ・レン・ソウ」(報告・連絡・相談)にたどり着きました。

 

言いたいことは分かります。
「なんじゃ、ここまで引っ張っておいてそれだけかい!!」 と言われるかもしれません。

 

 

それだけでいいんです!

思い返しても、あの時の自分にはこれ以外出来ることはなかったと断言できます。

 

かもしれないけど、自分が迷惑をかけるであろう人たち、職場や学校の人生の先輩方に正直に自分の状態を報告することです。
そして、段取りをつけることが今思うと1番大切なことだったと思います。
※私の場合は、自分の状態を記録として書面にして提出しました。

 

次に、連絡です。

その人たちからの方向性についての意見を貰いました。プランは多ければ多いほど良いです。1人の人の意見に偏ってしまうのは、あまり良いとはいえません。

 

最後に相談です。

今までの提案や、自分がどうしたいのかということを練り合わせていきます。(うつ状態の時に大きな決断を避けるために、時間の猶予をここでつくっていきます。)

 

 

やってみようと思っても、最初は全然上手くできませんでした(笑)


報告からつまずいて、にっちもさっちもいかない状況になって、やっとギリギリで上記の内容を実行しました。
信用できそうな1人にまずは話してみて、そこからは自分でもびっくりするくらい早く多くの要となる人々に話すことになりました。

 

話せなかったら私のように書面にするのも良いでしょう。報告の仕方も様々だと私は思っています
今も私は完全な「自由」ではないので、時々相談をしなくてはなりません。
しかし、その相談はほぼ全てを話した上での話であること、間に入ってくれる人たちがいるので心強いです。

 

 

自分の味方をつくりましょう!

 

 

仮初の「自由」は、うつにとって辛いものであるのは間違いない。

最初は、急に時間を与えられてもひたすらに辛いです。
自由な時間というものを、上手に使うことができません。(私も最初の数ヶ月は記憶があまりありません。)

 

そもそも学ぶ=働く=義務という風に思っていた私は、ある意味無償で与えられた自由時間を恐れていました。

 

何もしていないのに食事をしても良いのだろうか? 

何もしていないのに買い物しても良いのだろうか? 

何もしていないのに生きていてもいいんだろうか?

・・・・

 
考えても仕方のないことなのに、そんなことばかり考えていました。(今はそう考える時間が大分減りましたが。)

 

ふとした瞬間に、いつまでも拭いきれない自分の中のトラウマに囚われています。

 

私にとって「時間」は必要でした。

「治療」も必要でした。
わかっていても、辛いのです。胸が苦しくて、淋しいのです。これは仕方のないことです。

 

その時の私には必要なものだったのだと、今ならほんの少しですが思えます。
ももうあの時には戻りたくないです。

 

 

与えられた自由

最後の持論になりますが、まず段取りをつけましょう。
休むにしろ、休まないにしろ必要な手段・行動をしましょう。
決断は、後回しにできるならしてください。

まともな思考回路でない時に納得できる答えは出せません。

 

興味のあることを探しましょう。

もしくは、興味のあったことを思い出しましょう。
最底辺なら、1歩外に出ましょう。
ゼロをイチに一緒にしましょう。

 

 

私(あなた)を縛るのは私(あなた)です。 

 

とちょっと言ってみたりして・・・。

 

いつでもあなたの人生を変えられるのはあなただけです。
重くとらえなくて大丈夫です。
このブログを読んでみようと思ってくださった時点で行動しています。
ゼロなんかじゃないですよ。

 

 

おすすめ

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たまには大きく息を吸って、空を見上げてみませんか。意外と空って広いんですよ。
自分の世界で溺れるまえに上を見上げてみましょ。

 

 

 

それでは・・・・・・

 

じゃあ恒例のいきますか!  

※このブログ内だけです。流行らせようとしています。

 

はい吸ってぇーーーー(スゥーーー)
吐いてぇーーーーーーーーー(ハァーーーーーーーーーーー)

 

ちなみに吐く息を長くしたほうが、自律神経の副交感神経を刺激して体がリラックス方向に傾きます。
深い呼吸しましょう。そしてリラックスして、脳に酸素を届けましょう!

 

知らないうちに、無意識に、笑っているあなたになりますように


今回もここまで読んでくださってありがとうございました!!

 

報告

ありがとうござました。

スターも嬉しかったです。

 

 

おわりです!

たまに外出すると、人間が多すぎて頭の中で落下スイッチ押してる。

うつ病 生き方

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こんにちは、とーふです。
お越しいただいてありがとうございます。
 
 
今回もEvernoteを使用してブログを書き留めています!
まだ数回目ですが、無料でここまでノートアプリとしてできるなら十分だなぁと感心しています。
慣れてきたらonenoteとかと比べて、〇〇なんだよねーとか抜かすようになるのかなとちょっと楽しみにしている所です。
 
 
すいません話が脱線しました。
私はいまうつ病とか色々と診断されて、日々体調の良し悪しが変わっています。
 
そして、症状のひとつとして知覚過敏があって色んな物音とかに敏感です。一人で家にいるときは、TVとかもつけません。
田舎ですけど、一応駅前とか人が沢山いる所やうるさい所があります。
私も暮らしているからには、そんな所に行くときがあります。
 
うつの時には、もちろんそんな所に行くことすら難しいです。
躁の時には、テンションがあがって注意力散漫で周りの音とかあまり気になりません。
 
普通の時、という言い方はおかしいかもしれませんが平常時には出かけても苦手意識が半端ないです。
 
そんな時ふと思うのです。
私の手元にひとつのボタンがあったらと...
そのボタンがここにいる私以外の人間が落下するスイッチだったならと...
 
 
うん、悪いけどソッコー押してるわ私
多分だけど迷わず
 
 
何故ならば私は音だけが消えれば良いのではなく、他人がそこに存在するだけで何かしらの「音」が生まれていると感じているからです。
 
想像してしまうんです。
動き、表情、持ち物などから、本当にすれ違ったらもう2度と会わないであろう人であってもです。
 
買い物でもわりと天気の悪い日とか選びます。
人間少ないので(笑)
天気悪くてうるさい人とかもだいぶ減ります。
 
 
書いていて「私、自己中だなー」と考えさせられますけど、その落下スイッチは他人を落とす時もあれば私自身も落とすときがあります。
 
 
ちょっと世界から消えてみたい時とか(笑)←あくまでもポップに!
ここは、笑っておいてください。
 
 
代替え品というか、プランAとかプランBとかある方が気持ちが楽になります。
 
 
何が言いたいかというと「いつでも、自分は頭の中で落下スイッチのボタンを即押しできるのだ」と考えてみると外出も楽に感じられるかもしれません。ということです!
 
 
 
まとめると、自分も他人も世界も怖い。
でも思考するのは自由だ。
外の空気(考え)が怖いなら、自分の空気(考え)にすればいい。
 
外に出ることすら億劫な気持ちもよくわかります。
そんなとき私は、自分の空気だけ吸える所まで外出してみよう。ダメなら帰ってこようと自分を焚き付けます。
 
うつの人に多い完璧主義を私はいったん家に置いていきます。
やりとげなければという気持ちも置いていきます。
 
 
沢山たくさん色んな気持ち(考え)を置いていければ、頭のなかはとっても軽くなります。
 
最初から置いていけることばかりではありません。
だからこそ、最初は頭の中で落下スイッチ押してるくらいがちょうどです(笑)
 
この記事が参考になったかはわかりませんが、経験談や提案のひとつとして読んで下さればと幸いです。
 
 
 
 
ここまで読んで下さってありがとうございました!